
生成AIで「それらしいもの」は誰でも作れるようになりました。しかし競合も同じように使い始めた瞬間、その会社が持っていた尖りは平均的な「良いもの」へと削られていきます。
本記事では、BtoC事業を中心に累計20社以上を支援してきた筆者が、現場でしか得られない一次情報がどう数字を動かしたのかを、成功2件と失敗1件の事例から紹介します。
私(株式会社BELIFE代表取締役 山口玲偉)は、BtoC事業を営む年商1〜15億円規模の企業を中心に塾、工務店、美容室、ジム、インドアゴルフ施設など、累計20社以上のマーケティング・組織改善を支援してきました。
浜松を拠点にしながら、北海道から九州までの地方や首都圏まで、全国のクライアントの現場に足を運んでいます。そのなかで確信しているのは「現場でしか得られない一次情報こそが、他社との差になる」というシンプルな事実です。本稿では、実際の事例を交えながら、なぜAI時代にこそ現場が重要なのかをお伝えします。
AIで大半が作れる時代になぜ「現場」なのか
AIは非常に優秀な効率化ツールです。しかし私の実感では、AIが出してくるのは「8割の人にとっての正解」、いわば一般解です。インプットの質にも左右されますし、多くの方はそこまで使いこなせていないのが実情でもあります。
問題はその一般解を自社だけが使っているうちは良いのですが、競合他社も同じように使い始めた瞬間に起こります。本来その会社が持っていた尖った要素、差別化の要素までも平均的な「良いもの」へと削ぎ落とされてしまうのです。
これを確かめるのに簡単な検証方法があります。自社と競合のホームページや営業資料を2つ並べ、その業界に詳しくない人に見せてみてください。「どちらがどちらか、印象に残りますか?」と。多くの場合、返ってくるのは「どっちも良さそう」「正直、よく分からない」という答えです。機能もデザインも整っているのに選ばれる理由が伝わっていない。これがAI時代に静かに進行しているリスクだと私は考えています。
効率化そのものは非常に重要です。問題は「どこでAIを使い、どこで使わないか」の見極めです。そしてその見極めの拠りどころになるのがAIには決して代替できない一次情報、すなわち現場なのです。
Webマーケターが陥る画面の中だけで完結させる思考
Webマーケティングはその性質上、画面の中だけで仕事が完結してしまいがちです。アクセス解析のダッシュボード、広告管理画面、ヒートマップ。数字は豊富に手に入りますし、それらを眺めているだけで仕事をした気になれてしまいます。
しかし、忘れてはいけないのはダッシュボードに並ぶ数字は「結果」であって、「理由」ではないということです。なぜそのお客様が申し込んだのか、なぜ離脱したのか、なぜ長く通い続けてくれているのか。その理由は、画面の外側、つまり店舗やお客様、スタッフの側にしか存在しません。
誰かからもらった資料や写真、他社の成功事例。それらを組み合わせて施策を作るとたしかに「よさそうなもの」はできあがります。しかし、私の経験上それは最終的に「どこにでもありそうな良いもの」に落ち着いてしまうのです。無難で、破綻がなく、そして選ばれる理由がない。良い要素を選んでいるつもりで自ら尖りを消してしまっている。これはWebマーケターだからこそ非常によく起こる考え方のエラーです。
【事例】現場に足を運んだら数字が変わった
抽象論だけではイメージしづらいと思いますので実際に現場が数字を動かした事例を2つご紹介します。
工務店 ― もらった写真ではCVRは伸びなかった
ある工務店では、完成した住宅を見学会として活用させていただくケースがありました。当初は担当者の方からいただいた写真やラフ案をもとにランディングページを制作していたのですが、CVRは思うように伸びませんでした。
そこで、私自身が実際にその家に足を運んだり、関係者に直接話を聞くと写真だけでは決して分からない情報が次々と見えてきます。その家が持つ機能的な特長はもちろん「この家は、どんな人にこそ刺さるのか」「施主はどんな思いを込めてこの家を建てたのか」「建築家はどんな意図で設計したのか」。こうした背景や物語は誰かから又聞きした情報からは絶対に生まれません。
これらの一次情報をもとにLPをアップデートしたところCVRは倍以上に伸長しました。同じ家、同じ写真素材でも、そこに込められた意図と「誰に向けたものか」が加わるだけで伝わり方はまったく変わるのです。
インドアゴルフ施設 ― 強みはゴルフではなかった
もう一件はインドアゴルフ施設です。支援前は「天気や気候に左右されず、快適な環境で練習できる」ことを訴求されていました。一見すると悪くないメッセージです。しかし、これはインドアゴルフ施設であればどこでも言えることで業態そのもののメリットにすぎず、「この店である理由」がまったく存在しない状態でした。
実際に足を運んでみると、見えてきたのは別の強みで受付スタッフと楽しそうに会話するお客様がいる。ゴルフをせずに、ラウンジでひとりの時間を有意義に過ごしている方がいる。この施設は練習場である以上に、サードプレイスとして機能していたのです。
これは数字にも表れていました。それまで一切訴求していなかったにもかかわらず、解約率は1%未満。ほとんどの方が長く通い続けてくださっていました。「ただゴルフを練習するための施設ではない」ことこそがこの店の本当の強みだったのです。
そこでSNSやホームページの訴求内容をこの軸に変更したところ、月間の集客数はおよそ1.5倍に伸長しました。
【反面教師】現場を見ないと選ばれる理由は消える
逆の事例もお伝えします。現場を見ないまま進めて外した反面教師のケースです。
あるクライアントでは、バックオフィス担当の方が中心となり、AI活用も取り入れながら「それっぽい」ランディングページを制作されていました。社内の満足度は高く、担当者ご本人も「それらしいもの」という認識ではなく心から素敵なものができたと思っていらっしゃいました。
ところが実際には以前使っていたデザインとしては無骨で古いサイトのほうがCVRは高かったのです。新しいサイトは機能もデザインも整っているのにその会社ならではの特色がうまく表現できていませんでした。
原因は明確で、そのバックオフィス担当の方は研修段階を除いて現場に行く機会がほとんどなく、スタッフとオンライン会議をすることはあっても店舗の雰囲気やお客様の実際を知らない状態だったのです。結果として、その会社が本来持っていたブランドイメージがAIによって一般化・平均化されてしまった。整ってはいるけれど選ばれる理由が消えたサイトになり、CVRは低下してしまいました。
現場を知らないままAIで整えるとこうして知らぬ間に自社の強みが削られていく。これはどんな企業にも起こりうることだと思います。
私が言う「現場」とは何か ― マーケティングは組織全体の仕事
ここまで「現場」という言葉を使ってきましたが、私が指しているのは店舗だけではありません。店舗、営業スタッフ、ユーザーインタビュー、クライアントの社内。そのすべてを含みます。
その背景には、私のマーケティング観があります。マーケティングとは、専任の担当者がひとりで行うものではありません。組織全体として、どんなターゲットに、自社のサービスでどんな価値を提供できるかを設計し、組織を動かし、お客様からの感謝に対する報酬として売上が残る構図をつくることだと考えています。(正確には利益を伸ばすことですが、ここでは詳細を割愛します。)
そうであるならば、支援する側が現場の一部しか知らない状態では出てくるアウトプットはどうしても薄っぺらいものになってしまいます。だからこそ現場のスタッフにも、本部のスタッフにも、そしてお客様にも直接お会いしてお店という場所の雰囲気まで肌で掴むことを大切にしています。
現場で私が意識しているのは、特別なテクニックというよりとにかく対話量を増やすことです。自分が思うことと他人が思うことの間には必ずギャップがあります。自分が得た情報を他の人がどう受け止めているかをすり合わせていく。この地道な作業を重ねることで社内のギャップもお客様とのギャップも少しずつ埋まっていくのだと考えています。
なお、得た情報をマーケ施策や組織改善に翻訳する際には、基本的なフレームワークも用います。ただし、私たちが支援するのは中小企業が中心で型にはまらない流動的なケースが少なくありません。フレームワークに当てはまらない事項もたくさんあります。そのため、フレームワークはあくまで3〜5割程度のベースと捉え、定期的に見直すことを前提に動くようにしています。
AI時代の勝ち筋は現場 × AIの掛け算
ここまで読むとAIを否定しているのかと思われるかもしれませんが、まったくそうではありません。むしろ私はAIを積極的に活用しています。
私が実際に行っているのは、現場で得た一次情報の分析や社内説明用の資料化にAIを使うことです。これまでは、せっかく一次情報があっても、それを整理・活用しきれないケースが少なくありませんでした。しかし、AIを使うことでその整理にかかる時間を大幅に短縮できるようになりました。
そして、そこで浮いた時間を社外向けの資料をAIが整理してくれた情報をもとに「本当に必要としている誰かに刺さるもの」へと磨き上げる作業に充てられるようになったのです。
つまり、AIは一次情報を持つ人にとってこそ最大の武器になります。現場という燃料を持っている人が使えばAIは強力な加速装置になる。逆に、燃料がないままAIだけを使えば先ほどの反面教師のように一般解へと平均化されていく。「現場×AI」の掛け算こそがAI時代の勝ち筋だと私は考えています。
おわりに ― 効率化の前に向き合い、対話する
AIによってマーケティングの多くが効率化される時代になりました。それ自体は歓迎すべき変化です。しかし、効率化に囚われすぎるといちばん大切な「その会社が選ばれる理由」を自らの手で削ってしまいかねません。
最後に、マーケティングに携わる皆さまへ私からお伝えしたいことはひとつです。
効率化に囚われすぎず、スタッフ、顧客、そして自分自身に向き合い、対話してください。そして現場から得られた自社の強みを、お客様に誤解されることのないよう、そのまま伝えてみてください。
答えは、ダッシュボードの中ではなく、現場にあります。AIで大半が作れる時代だからこそ、マーケターは現場へ向かうべきなのです。

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